ケンタウロスとは、上半身が人間で下半身が馬の半人半獣種族である。
元は、乗馬文化を持たないギリシア人が騎馬民族であるスキタイ人を怪物と見間違えたことで生まれた種族という説が伝えられている。
また、人が牝馬と交わることで産まれた種族であるという俗説も存在するが、
どちらにせよ未だ、その存在は民間伝承や神話の域を出ないものとされてきた。
しかし一方で、アメリカのテネシー大学のライブラリーでは1994年から写真のようなケンタウロスの骨が展示されているという。
(出典: 実在したのか?テネシー大学に展示されているケンタウロスの骨 より)
これは1980年代にアメリカの考古学協会がギリシャで発掘した3体のケンタウロスの内の1体であり、同ライブラリには解剖図も保管されている。
同大学の展示物が本物であるという証左は無い。ただし古来よりケンタウロスはまさにその体躯がごとく、空想と現実の狭間にある存在であった。
そんなケンタウロスについて、ある日我々のもとに一本の連絡が入った。
まさに寝耳に水の衝撃的な報せだった。ギリシャでもアメリカでもなく、この日本にこそケンタウロスは存在したのだ。
情報提供者を通じて、ついに我々は本人とコンタクトを取ることができた。
そして交渉の結果、本名と住んでいる地域の町名は伏せるという約束で、ケンタウロスの方が我々のインタビューに応じていただけることになった。
果たして本当にケンタウロスは実在するのか。そして物語の中だけの存在として蓋をされた彼は、どのようにこの国で生きてきたのか。
生物学的見地からも今世紀最大のタブーを解き明かすべく、我々は千葉県へと向かった。
千葉県成田市へ
今回取材の約束をしたケンタウロスの方に会うために電車で千葉県の成田空港ビルへ向かった。ご本人が暮らしている場所はここからバスで数十分の所である。
聞くところによると現在その方はご実家に暮らしているという。成田空港の周りはさほど栄えておらず、我々を乗せたバスが目的地に近づくにつれあたりはどんどん田舎道に。
都心から離れ、ケンタウロスにとってはほどよく住みよい町にも感じられる。
10分ほどバスに揺られ、街並みが穏やかになったところで、最寄りのバス停へと到着した。
ケンタウロスの体躯を抱えているともなれば何かと生活に支障をきたすものだろう。
生まれつき下半身が馬になっているというのは、果たしてどういう心情なのか。
我々には想像もしがたい、言われなき差別や理不尽な思いを経験してきたのかもしれない。
これからケンタウロスと対面するという事実がそうさせるのだろうか。歩みを進める道中の町はどこか異様な空気に包まれていた。
そしてバス停から20分ほど歩いた場所に、その家はあった。
※プライバシー配慮のため画像を加工しています。
いたって普通の一軒家だ。確かに、アパートのような集合住宅に比べるとケンタウロスにとっては住みやすいものと推察される。
本当にここにケンタウロスが住んでいるのだろうか。
緊張しつつ家のベルを鳴らすと、お母様と思われる人物が迎え入れてくれた。この方は普通の人間のようだ。
本人は今二階の自室にいるのでそのまま部屋に向かってくれとのこと。逸る気持ちを抑えつつ、自宅内の様子を見ながら階段へと向かう。
日当たりの悪い洗面所を横切る。まだこの家にケンタウロスがいるという証跡は見当たらない。
人様の自宅を散々見回したあと、二階へと続く階段が我々をこれ以上の時間稼ぎから引き離した。この階段を登ればそこに生きたケンタウロスがいる。
階段を登り二階へ向かう。挽き板を踏むたびにギイと軋む音を響かせながら、本人のいる部屋の前まで到達した。
我々は手に汗を握りながらドアをノックし、取材班であることを伝えて、扉を開けた。
部屋に入ると、すぐに人間以外の動物の強い臭いが我々の鼻をつんざくのを感じた。
と、次の瞬間我々は、パソコンを前に中腰状態の半人半馬の怪物の姿に息を飲んだ。
そこには腰から下が馬で、腰から上が人間の、正真正銘のケンタウロスがいた。
——こんにちは、初めまして。
こちらが世界でただ一人のケンタウロス、
会田修さん(仮名)だ。
——本日はよろしくお願いします。
——は、はい。すみません、本当に下半身が馬そのものなので。失礼ですが少し驚いています。
——すごくゴチャゴチャしていますが、PCや周辺機器に詳しいみたいですね。
会田さんの部屋は多少床の汚れが目立つものの、内装だけで言えば一般的な青年が暮らす部屋と変わりはないように見える。
——いえいえ。お気遣いありがとうございます。
会田さんの計らいで我々は部屋を変えて取材に臨むことに。
通されたのは一階の和室だった。会田さん曰く、この和室に降りて来ることすら稀だという。
——よろしくお願いします。
——そうですね。やはり、ケンタウロスの体型というのは生まれつきなのでしょうか。
色んな憶測を聞かされましたが、結局詳しい原因ははっきりわかっていません。
——なるほど。子供の頃の写真がありましたら、お見せいただくことは可能でしょうか。
——ありがとうございます。
会田さんは昔の写真を探しに一旦部屋を後にした。
こちらから頼んだことではあるが、会田さんのショッキングな体型にまだ目が慣れていない我々が、果たして幼少期の彼の写真を直視できるのだろうか。
——おぉ、随分と。ありがとうございます。
——下半身が馬だと、普通とは違う育てられ方をされてきたのでしょうか。
——大変失礼いたしました。幼少期のお写真を拝見してもよろしいでしょうか。
あ、ありました。これが一歳ごろの写真ですね。
そこに写っていたのは、まだ幼く無垢な会田氏の姿。
これが世界で初公開となるだろう、ケンタウロスの幼少期の写真である。
——すごく可愛いですね。
——この頃の下半身は、いわゆる仔馬くらいだったのでしょうか。
ヒヅメの部分も、とても熱くなってしまって…
——これは、いちご狩りですか?
身体が半分馬なんで、好物もそれに寄っちゃうんですよ。馬は固いものしか食べないんです。
——友達といる写真が多いですね。
——この頃はご自身でもケンタウロスであることにコンプレックスは抱いていなかったのでしょうか。
——なるほど。
あ、これが小学校の頃ですね。
——おお、これは…
馬としての成長スピードも関係するのだろうか。
その写真に写っていたのは、ケンタウロスとして一回り成長した会田氏の姿であった。
——なるほど、かなり有利だと思うんですが、実際に群を抜いて速かったんじゃないですか。
なんせ馬が走ってるんですから。その頃の写真がこれですね。
——おぉ。
陸上部のときの彼の写真を見た我々は、思わず目を見張った。
そこにはケンタウロスでありながら、部活動に参加する会田氏の姿があったのだ。
——集合写真ですね。
——タイムに関しては、どのくらいの記録を出していたのでしょうか。
——すごい記録ですね…それなら部活動でも中心的な存在だったのではないですか?大会などの実績もあったのでは。
それでも一度公式の大会に出場したのですが、陸上連盟の方々がドン引きしてしまって。記録は抹消され、自分もこれ以上陸上を続けるモチベーションがなくなってしまい、辞めてしまいました。
——なるほど…そこからはスポーツには関わらなかったのですか。
——その体を持ってして、もったいないとは思いますが…
——やはり成長に伴って、周囲の目は厳しくなっていったのでしょうか。
——大変でしたね…高校時代のお写真はありますでしょうか。
高校生の彼の写真は、我々にとって非常に衝撃的であった。
ケンタウロスとして大きく成長した会田氏の姿は、中学生の頃よりも大きく変化していた。
——髭が生えてきてますね。
——やはり部活も入られてなかったんですか。
お前だけ絵になり過ぎると言われてしまい、入部を断られてしまいました。
——それは残念ですね…その後は学校生活は?
——貴重なお話をありがとうございました。
——そう言えば、あまりお外には出られてないとのことでしたが。
——よろしければ生まれ育った町の話を、ぜひ外で会田さんと歩きながらお聞かせいただきたいのですが。いかがでしょうか?
では、行きましょうか。
会田さんが昔よく行っていた場所へ
会田さんの自宅から少し歩き、我々は草木の生い茂る隣の町まで来た。
——このあたりは自然がいっぱいで空気が美味しいですね
ほら、自分下半身に虫すごいたかってくるんですよ。
——ああ、本当ですね…
——埴輪の置物ですか。馬と、人の。
——なるほど…埴輪はこの町にはたくさんあるようですね。
何度話題が変わっても、会田さんがケンタウロスであることへの悲哀の入り混じった感情が、我々取材班と会田さんの間に壁を作り続けた。
そうして歩くうちに20分ほどが経った。
——川ですか。昔よく行かれてたんですか?
——そうだったんですね。
——こういう田舎を自転車で通学とかしてみたいですね。
——確かに自宅から結構距離がありますね。走って通われてたんですか?
——そうなんですか。では免許とかは
——確かに。それはそうですね。
遠い日に周りから受けた酷い仕打ちを思い出させてしまったと、我々は少し申し訳なく思った。
——でも実際に走ったらそんなにスピード出せるものなんですか?
——え、いいんですか?
——楽しみです。ぜひお願いします。
会田氏のご協力をいただき、世界的にも非常に貴重な資料となるケンタウロスの走っている瞬間の写真を我々は撮影することができた。
伝説の生物であるケンタウロスが、その体躯を弾ませて躍動する大変に珍しい瞬間である。
その荒々しさと気高さを、ぜひ皆さんの目にも焼き付けていただきたい。
——わかりました。それでは位置について、よーい…
——ドン!
——おおっ!
——これは…!すごい…!!
——とんでもないスピードです!!
——うわぁ!!もうゴールだ!
——お疲れ様です!
——すごい馬力でした。地面も、競走馬が走った後みたいなえぐれ方をしています。
まあ、誰も評価してくれないんですけどね…。
さすがはケンタウロスと言わんばかりの走力を見せてくれた会田さん。
生まれてくる時代こそ違えば、とても重宝された存在だったかもしれない。
——そうですね。
会田さん宅にて、お別れの挨拶
——長々とすみません。本日はお時間いただきありがとうございました。
——最後にですが、会田さんが今一番叶えたい願いとは何でしょうか。
——尊敬、ですか。
でも、理不尽な思いをし続けてきた自分が今思うのは、それで自分がマジョリティ(人間)になりたいと考えるのも、ちょっと違うなって。
——ケンタウロスのまま、手を取り合いたいと。
自分にあって相手に無いもの。自分に無くて相手にあるもの。そんなものを個性として尊敬できれば。
——大切ですね。今回のインタビューを通じて、周囲と違っても一歩一歩生きていく会田さんを私はとても尊敬しました。
——改めまして本日はお時間をいただきありがとうございました。
——それでは失礼いたします。
——靴、やっぱり多いですね。
完