インターネットが普及した昨今では、将棋はリアルのみならずオンライン上でも対局の場が設けられ、その裾野は大きく広がってきている。
日本の将棋人口は1200万にも達し、数あるボードゲームを代表する遊戯のひとつである。
将棋のルールは言うまでもないが、王将または玉将の駒が取られる、ないしはそれらが逃げられない状態(王手)になれば負けである。
駒たちはその能力・目的に沿って各配置につき、戦いを繰り広げる。
自分たちの王の防衛に徹する駒もいれば、相手の王を破るために戦線に送り込まれる駒もいる。そう、結局のところ将棋とは
戦争なのである。
将棋では「わざと歩を取らせて、飛車で取り返す」ように、こちら側の駒をおとりにしてより強い相手の駒を取ることがある。
取った相手の駒を新たな戦力として再び盤上に送り込むこともある。どちらも、本当の戦場で起きうる非情な戦法である。
ただそれらは将棋というゲームを面白くする上でなくてはならない戦法であり、そもそも金だの銀だのが刻印されただけの駒の取り合いに非情も何もないだろう。
もしも将棋の駒が自分の大切な人たちであればどうだろう。
駒を簡単に相手に取らせる訳にはいかないし、先述の駒をおとりにするという戦術も相当躊躇するはずだ。大切な人や仲間の命を勝利のための天秤にかけなければならない。
しかし、それでこそ戦争ではないか。
そして本来将棋が強い人は、駒が大切な人たちだとどのように戦局を運ぶのだろう。駒に感情移入して、持ち前の戦法を取り乱すことがあるのではないか。
ということで今回は対局者の駒を全てその人物の周りにいる大切な人たちで固め、一局執り行うこととなった。
対局者の紹介
桐生…当サイトの企画スタッフ。普段よりオンラインなどで将棋を指している。アマチュア四段。
ごどう…当サイトの企画スタッフ。同じく将棋には造詣が深く、公民館でお年寄りの方と対局することが趣味。段位は持っていない。
この両名が互いの大切な人たちを背負って対局する。
今回はこの本来の将棋の駒8種20個全てにそれぞれの大切な人の顔写真を貼り付ける。
そしてそれぞれを盤に並べて、勝負の準備が整った。
それでは早速、始めよう。
布陣の紹介
まずごどうの駒の布陣を確認してみよう。
攻めの軸となる「飛車」は4歳からの付き合いで、幼馴染の武田くん。
かけっこではいつも勝てず、その勝負強さに関しても絶大な信頼を置く人物である。今回は飛車として、直線距離の強さをいかんなく発揮してもらう。
「桂馬」はミュージシャンのこーたろーで、「香車」は小林。大学時代に賃貸マンションの家賃を自腹で払い、サークルの部室として提供していた変わった人物である。
飛車と同じく攻撃の要となる「角行」はこちらも4歳からの幼馴染のNくん。
信頼関係のみならず、日頃のフットワークの軽さも角に抜擢された要因である。呼び出せば4、5駅くらいの距離ならいつでも出てきてくれる、それが角行である。
「香車」はかずま。学生時代に組んでいたお笑いコンビの相方である。「桂馬」はごどうの会社員時代の同僚のMさん。最近結婚した。
そしてごどう自身である「王」を傍近で支えるのは左から大学時代の親友である上條くん。右はごどうの最も大切な存在、恋人だ。
両脇の「銀」はごどうの実の両親、一つ壁の向こうより息子を支える。親心が伺える配置である。
そして第一線には大学時代の仲間で構成された「歩」達。
バックグラウンドは様々だが、皆青春時代を共に過ごしたごどうのかけがえのない財産であり、ここに捨て駒は一人もいない。
次に桐生の駒の布陣を見てみよう。
「飛車」は小笠原くん。他大学の先輩ながら幾多の夜を語り明かした戦友。現在は東北で銀行員をしている。
「桂馬」はUさん。桐生がこの世で最も好きな人間の一人。「香車」は西野くん、桐生の同期で策士。考えてギャンブルをしている。考えてギャンブルをするやつが、真っ直ぐにしか進めなくなっている。
「角行」は龍くん。大学の後輩。桐生のサングラスが桐生より似合う。
「香車」はMくん。桐生の同期であり戦友。武闘派で大学時代の役職が「番長」だった。
「桂馬」はIさん。今年桐生の誕生日を祝ってくれたのは彼女だけだった。変わり者の桐生には、このくらいトリッキーに距離を詰める桂馬のような人が大切なのだ。
「金」は山奥に住んでいる祖父祖母。桐生に一度も怒ったことがない。
「銀」は左からスグルさん。名古屋で闇の仕事をしている。焼肉を4万円奢らされても怒らなかった器の持ち主で、まさにいぶし銀と言えよう。
右の「銀」は桐生のバイト先の大将。桐生の金銭・カロリー供給を一手に担っている。怒る。
大学時代の後輩・バイト先の同僚・地元の友人で構成された「歩」達を第一線に、今宵桐生の駒達が躍動する。
いつもと違い、真剣な目つきになる男たち。
大切な人たちの命が宿った駒が盤面に並ぶこの瞬間、感じたことのない緊張感が確かに二人を支配した。
ここに今、真の意味での人間将棋の試合の火蓋が切って落とされた。
開始
先手はごどう。勢いよく飛び出すサークル時代の同級生。
後手の桐生も同じく大学時代の後輩を動かす。
いつの時代も、まず前線に送り出されるのは若者である。
見知った顔の人間を盤面で動かすのは、えも言われぬ罪悪感があるという。
「この気持ちに慣れてしまってはダメ」と、のちにごどうは語る。
戦型はごどうの居飛車、桐生の三間飛車の対抗型に。
ごどうの手が止まる。次の一手を思いつくも、実行に至れないもどかしい表情である。
しかし。
動いた。
敵陣に向け一歩進んだのは、
他でもないごどうの実母だった。
いつもの将棋なら何気ない一手でも、大切な人たちが駒になる本局では一つ一つの判断に重圧がのしかかる。いくら母は強しと言えど、この戦火の中で手放しに母の無事を信用できようか。
そしてごどうは守りを固める。
「居飛車穴熊」という非常に防御力の高い陣形だ。
桐生は「石田流」という攻撃に優れた陣形に。
攻守の図式の中で、数手先を見据える桐生。
しかし、ごどうも負けてはいない。
父の横に彼女を添えて「居飛車穴熊」が完成した。
身内で固めた穴熊ほど頼もしいものはない。
上部の防御は母が担っている。
ごどうは母を心配するのではなく、信頼して背中を預けることにしたのだ。
いかに桐生が格上と言えど、簡単に勝利をくれてやるものではない。ごどうは家族の絆を武器に立ち向かう。
穴熊をさらに発展させ「銀冠穴熊」に。
桐生は「銀冠」から「銀冠穴熊」を目指したが・・・
隙を見つけたごどう、大学のサークル仲間の八坂でパンチを放つ。ついに駒がぶつかった。
八坂が、死亡。
はじめて、この対局で人死にが出た。
ごどうは母で八坂の仇を討つが
蘇った八坂の反撃により撤退
実母を後退させて守りに加えるごどう。
さらに守備が固まり、「ビッグ4」と呼ばれる最硬の布陣に。
ごどうの「ビッグ4」、桐生の「石田流」+「銀冠穴熊」。
互いに戦争の準備が整った。
ここから盤上の攻防は激しさを増していく…