ヤンキー高校の生徒会長はどんな人なのか -前編-




 

日本の中学校・高等学校には、特別活動の一環として生徒によって自治的に組織される「生徒会」なるものが存在する。

そしてその生徒会の長に座るのが生徒会長だ。

 

生徒会長といえば、全校集会や式典で生徒を代表して挨拶を行ったり、

様々な学校行事でも司会進行を担うなど、学校における中心人物と呼んで差し支えないだろう。

 

さらには日頃より全生徒の最高責任者として、生徒全員が望ましい学校生活を過ごせるように奔走しなければならない。

 

そのような重責がのしかかる役職であるからこそ、務め上げたあかつきには立派な内申評価もついてくるのだ。

ゆえに、その学校で最も真面目な人物が就任するケースも多い。

 

 

生徒会長は生徒会長でも、

ヤンキー高校の生徒会長はどれぐらい大変なのだろうか。

 

学校行事での挨拶や取り仕切り、そして全生徒の学校生活に目を配る上で、それが不良・ヤンキーで構成された学校であれば、職務の激しさを増すことは想像に難しくない。

生徒会長として立候補するだけでも並々ならぬ覚悟が要るのではないだろうか。

 

そしてそのようなスラム街から一心発起する人間こそが、日本を率いていく傑物に値するのではないか。

その姿から我々が学ぶことも大いにあるだろう。

 

ということで、今回は不良・ヤンキーの生徒が多く在籍していた学校で生徒会長をしていた人はどんな人なのかを調査する運びとなった。

荒野から芽吹いた人物の価値観に触れることで、下町ロケットの佃製作所のような情熱溢るるドラマを、ひいては戦後の復興から高度成長をもたらしたあの頃の日本を、今一度思い出してみよう。

 

 

調査開始

今回我々は当サイトのTwitterアカウントで当該の経歴を持つ人物を募集した。

 

 

するとその直後、ありがたいことに元ヤンキー高校の生徒会長の方2名から連絡をいただけた。

 

 

ヤンキー高校出身というものの、しっかりと敬語でご連絡をいただいており、さすがは元生徒会長である。

とはいえ文末の火の絵文字からは、あの頃様々な火遊びに興じていた確かなヤンキーイズムも感じられる。

 

我々は早速このお二方にお話を聞く約束を取り付け、後日Zoomにてインタビューをさせていただく運びとなった。

今回、元ヤンキー高校の生徒会長であるお二人には我々で用意した以下の質問をしながら色々なお話を引き出していく。

 

・学校の地域と偏差値

・どの程度学校が荒れていたのか

・なぜその学校に入学したのか

・生徒会長を務めることになった経緯

・生徒会長の仕事内容

・生徒会長としての主な実績

・大変だったこと

・やりがいを感じたこと

・学校のヤンキーとの当時の関係性

・当時のヤンキーと現在も交流はあるか

・ヤンキー漫画は好きか

:ろくでなしBLUES、東京リベンジャーズ、クローズ、etc

:その漫画の中で好きなキャラは誰か。生徒会長ならではの目線があるか。

・今はどんな暮らしをしているのか(生徒会長時代の経験は生きているか)

・ヤンキー学校の生徒会長あるあるを1

 

今回インタビュアーを務めるのが次の人物だ。

 

ぴろぴろ…当サイトの管理人。高校時代は陸上部ながら、一回り体の大きいサッカー部と野球部のご機嫌を取る形でなんとかスクールカーストの真ん中あたりにいた。女性のヤンキーは大好きである。

 

そして今回の調査は前半・後半の2部に分かれており、当記事では前編として、一人目の方のインタビューを紹介させていただく。

 

それではまずは一人目の元ヤンキー校の生徒会長の方からお話を伺っていこう。

 

 

一人目・どうもとさん

まず最初にインタビューをさせていただくのがこの方だ。

 

ぴろぴろ
本日はよろしくお願いします。

どうもとさん
よろしくお願いします。

 

どうもとさん…本名。埼玉県のヤンキー高校出身で、元生徒会長。現在は大学4年生で実家暮らし。高校名はシークレットだが、なんでも校舎に設置される大学合格実績の垂れ幕に、浪人生の結果も含められている学校らしい。

 

ぴろぴろ
ちなみに埼玉の高校というのは言っちゃって大丈夫ですか?特定されたりとか…

どうもとさん
うーん、そうですね。まぁありがちなんでいいっすよ。

埼玉県の高校とか死ぬほどあるんで。

ぴろぴろ
承知しました。ありがとうございます。

 

早速肝っ玉の大きさを垣間見せるどうもとさん。ヤンキー数百人を名実ともに率いてきた度量は健在のようだ。

 

ぴろぴろ
それではこれから色々とご質問をさせていただきますので、よろしくお願いします。

どうもとさん
はい、よろしくお願いします。

 

 

偏差値はどのくらいか

ぴろぴろ
いきなりで不躾ですが、通われていた高校の偏差値はどのくらいでしたか。

どうもとさん
全部で3つのコースに分かれていたんですけど、一番上で50、真ん中が45、一番下が、多分40あればいいくらいのレベルでしたね。

いわゆる、本当によくないレベルでしたね。

 

どうもとさん
1学年10クラスのマンモス校なんですけど、その内8クラスが一番下のコースで、そこにヤンキーが集中していました。

ぴろぴろ
8割ですか。ということは、ヤンキーが勢力を握っていたんですね。

どうもとさん
そうですね、ピラミッド式で。普通こういうのって均等になると思うんですが…

ぴろぴろ
どうもとさんは3つのコースのうちどこに属していたのですか。

どうもとさん
自分は一応一番上でしたね。

 

やはりヤンキー高校でも、成績上位者が生徒会長を務めるという形は変わらないようだ。

 

 

どの程度学校が荒れていたのか

どうもとさん
学校の近くにセブンイレブンがあったんですけど、

ぴろぴろ
それ大丈夫ですか?近くにセブンイレブンあること言っちゃって。

どうもとさん
大丈夫ですよ。セブンイレブンなんて死ぬほどあるんで。

で、そのセブンをうちの高校の生徒はみんな使っていたんですけど、

 

どうもとさん
ある日、高校の一番下のコースの人たちがお店の商品の棚を、

 

どうもとさん
ザザァーーッ!て全部なぎ倒して、うちの高校全員出禁になりました。

ぴろぴろ
とんでも迷惑じゃないですか。

どうもとさん
本当に。制服で判断されるので、真ん中と上のコースの生徒も全員いけなくなりましたね。

ぴろぴろ
でも、そのセブンからしたら顧客の大方を失うので、全員出禁は店側からしてもリスクがありそうですが…

どうもとさん
うーん

 

どうもとさん
まぁ、売り上げを落としてでもこいつらは絶対に入れないと判断したんでしょう。

ぴろぴろ
気持ちがいいですね。

 

どうもとさん
あと片側二車線の国道の端から端にスクールバッグを投げてるやつもいました。

ぴろぴろ
片側二車線は…けっこう遠投ですよ。

どうもとさん
あとはさっきも言ったように、基本的に入学時は1学年10クラスなんですけど、卒業する時には8クラスに減っていますね。

一番下のコースの8クラスが6クラスになって、合計8クラスになります。

ぴろぴろ
すみません、算数の問題ですか?

 

 

なぜその学校に入学したのか

どうもとさん
そうですねぇ。誠に不本意なんですけど、この高校ともう一つ別の高校で迷ってて。

何となく説明会に行ったときに、たまたま話をした先生がめちゃめちゃ良い人だったんですよね。

ぴろぴろ
なるほど、先生が。

そういうのがきっかけになることは多々ありますね。

 

どうもとさん
そうなんですよ。それで「ここにしちゃえ!」って。最初の直感が間違うことって少ないと思ってたんで。

ぴろぴろ
思い切りがありますね。ちなみにその方は何の先生だったのですか。

どうもとさん
体育でした。教務主任で、立場的には教頭の次くらいです。

最初一つだけ懸念があって、自分陸上部に入ろうと思ってたんですけど、うちの高校はグラウンドがなかったんですよね。

 

ぴろぴろ
陸上部としては地獄ですね。陸上がないのは。

どうもとさん
走る場所がないですからね。でもそのことをその先生に話してみたら、

「いやぁ…実はね、どうもとくんが2年生になる頃にはなっちゃうんだけど、あっちの奥にタータントラックを作る計画があってだな…」

って説得されたんです。そこでもうこの高校に決めました。

ぴろぴろ
それは陸上競技者からするとかなり食指が動きますね・・。

 

※タータントラック イメージ

 

どうもとさん
そうですね。これは最高だと感じました。

もともとその場所は養鶏場だったんですけど、地主さんがもう歳だからって売却する予定だったんです。

それをうちの高校が買い取って陸上用のトラックを作る計画が進んでいたそうです。

ぴろぴろ
なるほど、そんな背景が。

どうもとさん
1年間は狭いグラウンドですが、全然我慢しようと思いましたね

普通に考えてトラックがある学校の方が珍しいくらいですからね。

ぴろぴろ
強豪校の中でも、かなり少ないでしょう。

ちなみにですが、そのタータントラックはできたのですか?

 

どうもとさん
もう感づいてるかもしれませんが、できませんでした

地主のおっちゃんが「やはり賃貸にしたい」とのことで破談になりました。

ぴろぴろ
1年待ってそれはきついですね…

 

どうもとさん
まぁ、どっちみち疲労骨折が原因で陸上部は2年の前半で辞めました。

そりゃあずっとタイルやコンクリの上を走らされていたら怪我しますよね。

たとえ、どんなにケアを怠らなかったとしても。

 

 

生徒会長を務めることになった経緯

どうもとさん
2年の終わりに選挙があったんですが、締め切りの30分前に先輩に「お前立候補したら?」と言われて、完全にノリと勢いで立候補しました。

ぴろぴろ
タータントラックが白紙になってやけっぱちじゃないですか。

ちなみに他にはどのくらい立候補者がいたんですか。

どうもとさん
生徒会長自体の立候補者は自分一人でした。

ぴろぴろ
おぉ。では、もう自動的に当選ですか??

 

どうもとさん
いえ、それが信任投票だったんですよ。つまり、一人しかいない場合は「賛成」or「いいえ」という投票だったので。

一人しかいなくてもふざけた演説をしたら、たとえヤンキーでも「いいえ」を選ぶ正義が働く可能性があったんです。

ぴろぴろ
そういえばヤンキーの方が全体の8割でした。

どうもとさん
そうなんです。有権者数の圧倒的マジョリティがヤンキーの人たちだったので。

 

どうもとさん
その人たちを、味方につけなくてはいけなかったんです。

ぴろぴろ
これは中々ハードな挑戦ですね。演説でヤンキーのハートを掴んだ感じでしょうか。

どうもとさん
そうです。うちの高校は実は携帯の持ち込みが禁止だったんです。それが特に下のコース、ヤンキーたちのストレスになっていました。

 

どうもとさん
だから自分は演説で「節度のある範囲で、携帯を使いたい」と教師陣に訴えました。

「学習に支障がない範囲でモバイル機器の持ち込みを許容することにより、生徒のモチベーションも上がりこの学校の未来が変わるかもしれません」

という話をしましたね。

ぴろぴろ
それはもう、ヤンキーの方々が体を向けて話を聞くでしょう。

どうもとさん
結局その訴えが功を奏して、晴れて生徒会長になることができました

ぴろぴろ
30分で立候補を決めた割にはガチガチに戦略を練られていて流石です。

 

希望に満ちた高校入学から部活動での挫折、そして突然の生徒会長立候補から当選まで、ここまでどうもとさんの様々なお話を聞いてきた。

随所にヤンキー校ならではのエピソードも潜んでおり、今回我々が知りたかった話が聞けているのではないだろうか。

 

しかし、どうもとさんの生徒会長談話はまだまだ止まらない。