もう一つの結論. ひみつ道具は人を幸せにするのか
考えてみれば……、
さっきからのこと…
すべてカセットのおかげじゃないか。ぼく自身はあいかわらず………
ドジでのろまで弱虫で………
思えばむなしい………。ドラえもん、なんにもいわなかったな……。
ぼくのこともうあきらめちゃったのかな……。ドラえもんともいつかは別れの時がくる……。
いつまでも子どもじゃいられないものな……。
わかってるんだよ、このままじゃいけないってことは……。しかし、何度決心しても、
ズルズルと元へもどっちゃうんだよな……。でも、やっぱり努力はしなくちゃいけないんだよな。
あきらめずにな。てんとう虫コミックス『ドラえもん』34巻 のび太もたまには考える
コミックス34巻収録『のび太もたまには考える』は、のび太が様々な職業の能力をインストールできる「能力カセット」を使って、テストや野球で小狡く活躍をする話だ。
ドラえもんの制止も振り切ってカセットに頼り続けるのび太は、最後に「考える人」の能力をインストールして、空き地の土管に一人座りこみ考え始める。
上記は、そのときの科白である。
「考える人」のカセットでインストールしたのは「思想」ではなく「思考能力」だ。この科白において、言語化できたことや結論づけられたことはカセットのおかげだが、根源的な価値観はのび太自身の中にあったものである。
のび太がこの先成長するにつれゆっくりと結論づけていく思いを、この話は少しだけ、先取りしたのだ。ここに「ひみつ道具を使うことで我々は幸せになれるのか」という問いへの答えがある。
それはきっと、ひみつ道具の効能自体は大して貴方を幸せにはしてくれなくて、結局自分の足で歩まないといけない気持ちに駆られるということ。ひみつ道具ジャンキーののび太先輩が示唆する教えが、何よりの結論だろう。
のび太のように失敗と反省を繰り返しながら、振り返ったときに歩んできた軌跡を誇らしく思えるか。それが人生の豊かさや幸せへと繋がっていく。
もしそのことを気づかせてくれる道具があれば、たとえばそれは表題の回答になり得るかもしれない。
同エピソードにおいて、のび太は最後にカセットをドラえもんに返却する。このように、ひみつ道具を手放すシーンがのび太の成長として描かれて締め括られるエピソードは、主にコミックス後半にいくつか存在する。
そして、のび太をそのような思いに至らしめた一つの道具が、ランクSの中に存在する。
ドラえもん29巻『思い出せ!あの日の感動』は、のび太の退学宣言から始まる。
遅刻が続いて学校に行く気が失せてしまったというゴミみたいな理由で退学を宣言するのび太。無気力具合が輪をかけて酷くなっている状況を案じたドラえもんは、「ハジメテン」という瓶詰めの丸薬を繰り出した。
「ハジメテン」の効能は、飲むと何事も初めて経験したように新鮮で感動できるというもの。しずちゃんにドキドキして、オセロにハラハラして、何度も読んだ漫画で爆笑するのび太。その夜ドラえもんは、明日はハジメテンを飲んで学校へ行けよと言い残して就寝する。
はじめは何事も新鮮な感動があったのだと物思いに耽るのび太は、一人でタイムマシンを使い小学校入学を明日に控えた自分を見に行く。するとそこには、両親に見守られながら大きいランドセルを背負ってはしゃぐ幼い自分がいた。
友達がたくさんできて、先生に色々教えてもらえるんだよねと、期待に胸を膨らませる自分を目の当たりにするのび太。「いつからどうして………。こうなっちゃったんだろ」とこぼしながら戻ってくる。
翌朝、ドラえもんから飲むように渡されたハジメテンを突き返すのび太。「学校をいやがってばかりいちゃしようがないからね。クスリの力なんか借りないでチャレンジしてみる。」と言って、学校へと向かうのだ。
ひみつ道具で特別に彩らなくても、我々の人生は十分に輝いていたことに気づかせてくれる、ハジメテン。
「もしもドラえもんの道具の中で一つだけ貰えるとしたら」の問いに対してもう一つ回答を用意するなら、
それは
ハジメテン かもしれない。
魔法辞典とハジメテンなら、貴方はどちらを選びますか?
総括
いかがだっただろうか。
改めてではあるが、本調査における道具の解釈や優先順位の考え方は一面的なものであり、少し視点をずらすだけで様々な結論が生じうる。
F先生の描くSF(すこしふしぎ)の世界に対して、長々と無粋な講釈をつけてしまったことを許してほしい。
今回は紆余曲折ある調査の結果、魔法辞典とハジメテンという奇跡的に韻を踏んだ2つの回答を揃えてしまったが、どこでもドアだってタケコプターだって、心踊るような素敵な道具に違いはないのだ。
ただ一つ言えるのは、僕らにはじめて友達ができたとき。はじめて恋をしたとき。はじめて綺麗な海を見たとき。はじめて美味しいカレーライスを食べたとき。
はじめて、ドラえもんを読んだとき。
それはきっと、魔法のような瞬間だった。
完